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Postponed then!

Thank you everybody who make this show possible during this pandemic time. From the public view show up my puppets but here is the behind of the screen where I manipulate all the puppets wishing to the…

コロナ期1

今年はオリンピックイヤー、と思ってたのが、、もう随分と昔のことのようです。ポルトガルはヨーロッパの中でもウイルスが入ってきたのがイタリアより三ヶ月くらいおくれ、地続きの隣国はスペインのみ、という事もあって、早々とロックダウンした事が項を期したのか感染者数も死亡率も他国に比べ少ない状態を保っています。私はアーティスト・レジデンシーのスタジオが旧宮殿を数人で分割使用する場所であるため、3/13には仕事場が閉鎖されました。その週末にはワークショップなどありましたが直前で全キャンセル。のんびり屋さんが多いポルトガル人は、三月三日くらいまで「コロナなんてただの風邪」といって「ポルトガルにくるのはいつかしら〜」などと余裕でいっていたのに、ウイルスが到着したその1週間後にはガラっと対応が変わり、私の周囲の文化関係者はみんな一様に早速ソーシャル・ディスタンスを取り始め自主的に自宅待機へ。政府が緊急事態宣言をするより1週間は早かったと思います。こんな素早いこともできるんだ、ポルトガル人!写真はスタジオ閉鎖を聞き、自宅作業ができるよう慌てて基本的な私の作業道具をまとめたところ(3/14)。ちょっとした引っ越しみたいになりました。

そして、2020.

あまりに目の前のことに夢中で時間が飛んでいってしまう。あ、2020年。えっと、自分がリスボンのアート・インスティテュートを卒業したのが2010年だから、あれからもう10年。ボディ・ペインティング、体に色を塗ってパフォーマンスしたり、絵を描いて発表したり、夜な夜な深夜のバイトでリスボン・アンダーグラウンドな生活してたり、あの頃からもう10年?今現在、必死で仕事こなしてる自分にハタと気が付いた。あの頃はまだ自分が固まってなくて、でも好きなことを続けたくて、そう、自分の何かを作り続けたくて、必死だった。それは今も変わらない。じゃあ、この10年で何が変わったんだろう。昔は恋愛を楽しむ時間もあったのに、今はとても忙しい。友達とフラフラする時間もあったのに、今はそんな余裕がなかなか出来ない。現在は、好きな事、夢中になれる仕事が私の時間を占領している。影絵アート。10年前、再度リスボンで学生をしている時には考えもしなかった部類の表現に没頭している。そして、今年からはそれを教える側に立つ自分がいる。

8月のリスボン、2019。

15年目のリスボンの夏。久しぶりの休日だったので友人と街を歩く。以前はこの時期みんな南部にバカンスに行ってしまうので、街中が閑散としていた8月。荒い熱風がからっぽの路上をさらっていたなあ、なんて思い出しながら今日の観光ブームで大量の外国人に埋め尽くされる現在のリスボン市街をのんびりとうねり歩く。古びて寂れた哀愁漂うリスボンの建物やお店がどんどん改修されて、外資系のピカピカのホテルになる。改修以前はそういうスペースに多くのアーティストのアトリエや、アンティークなお店があったけれど、もうない。どんどんなくなる。街から文化人や近所のローカルなおじさんおばさんが消えて行き、観光客が瞬く間に取って代わる。自分の仕事柄、人と交流することが多いので新しいカフェやレストランも地元民じゃない人が働いていると寂しくなる。ローカル住民は郊外に移住する。良くも悪くも「古き良き街リスボン」が観光資源と言う新しい価値観によって貪欲に生まれ変わっていく。洗練されていく田舎街リスボン。まあ、欲がありすぎっていうのはこの街に合わないから、田舎感とローカル文化的価値観をキープした楽しい施設が残ったり、もっと出現していったりすることを願いつつ、新しいホテルや面白そうな店をひやかしに再交流へと歩く。これからは郊外やリスボン以外の田舎も面白くなりそうだな。

きっと、エロティックもできる

今年は一風変わった仕事の依頼が多くて、昨年末からバタバタと工夫しながら準備をしている。慣れない、新しいことをする時、不安な気持ちとそれに負けない度胸とが絡み合い、最終的には気力と体力の勝負、そして遊び心だと思う。子供やファミリーに向けて歴史物語を作ってきたけど、( そして今も新作を作っているけど ) なんと今年はリスボンのクラブでアダルト向けのパフォーマンスの依頼。セクシュアリティーをテーマにと言われ最初は怖気付いた。自分がオーガナイズするのはリミットを感じたので、知り合いのディレクターに指示を頼んだ。遊び心に火をつけての挑戦しかないや。クライアントにコテンパンにされても、きっと、やり遂げる。人にバカにされても、きっと、表現できる。いろんなモンダイが起きても、きっとクリアできる。いろんな可能性に素直にイエス。

いろんな国で聞かれること

ポルトガルでフリーランスのアーティストをしていますというと、みなさん「どうやって生活してるの?」と不思議がります。私の場合、自分の絵や音やモノづくり、ストーリーを人形劇というかたちに集約、表現します。そして営業もします。苦手ですが仕方ありません。いろいろやってみて、泣くほど苦手なことはお手伝いを依頼したりします。あっという間に時間がすぎて、気がつけば生活できているし、もっとやってみたいこともあるし、なんだか一生懸命になって自分の見る夢を現実化して生きている小さな生き物のようです。最近はそういう生き物の仲間が、この街に増えてきたようで、これからもワクワクしながら、時々はヒヤヒヤしつつもみんなと協力して面白いもの作りたいと思います。限界を少しずつ超えながら。

ポルトガル帰国後はリスボンのフェスティバルにて

 日本での一ヶ月間に出会った人々への思いも冷めやらず、リスボンに着きそのままリハーサル会場へ。いつもはソロ活動がベースですが、今回はフェスティバルで集められたアーティストやピエロ、ミュージシャンの7人構成で短編ショーを作る仕事。イギリス人、フランス人、スペイン人、ポルトガル人、アフリカ人そして日本人の私。お互いの個性が強すぎてぶつかることもしばしばの仕事で、私も国際人モードになる。主観的に、自由に、寛容に。時々は怒りも表すけど、絶対にキレないこと、最後まで諦めないこと、そしてお互いの違いを受け入れることと、やっぱりどんな状況でも助け合うこと。そんな中で気づかされるのは、丁寧さを忘れないというか、忘れられない自分の感覚だ。疲れていても、楽屋を片付けたり、お礼を行ったり、物事や明日の進行を気遣ってしまう自分。これは日本人特有の感覚なんだろうな、みんながワーっと帰ってもやっぱり最後まで残って仕事を片付けてしまう。「お疲れ様、また明日。」と日本人の自分に言って、なんだか笑ってしまう、この瞬間が好き。

日本公演へ

ベネチアも暑かったけど、日本はもっと暑いと聞きます。機材もいっぱいあるし、大丈夫かな、と不安になったけど、たくさんの協力してくれる人々が今回日本に履いて、それが私を心強くします。東京をかわきりに、いろんなところでショーしてきます。行ってきます!
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