リスボンもせつぶん

年が明け、仕事にてんやわんやしつつも、思い切ってキッズイベントを開催。アトリエにてお面を作りました。お父さん、お母さん用に、外ではミュージシャンをよんでのコンサートも。大人はそと〜、キッズはうち〜。(写真提供ななこちゃん)

新アトリエ・歴史地区アルファマ

わたしのアトリエです。友人アーティストと共同スペース。わたしは奥に作業場をこしらえ、お話の執筆や制作をし、彼女はカバンやネックレスを作っている。この地域は車の入場が制限されていて、のんびりしている。一階に住んでいるおばあさんの巨大な洗濯物から滴る水滴にはいつも注意が必要。

コツコツと育てる、そして育つこと

一人で自分の題材を見つけて、取材し、物語を構想し、ポルトガル語に直し、絵を描きおこし、音楽をつくり、人形を制作し、、、などと自分の表現に没頭していて、突然不安になった。自分のことばかりして、人の役に立ってないのでは?その疑問が強くて、5月から今まで、人のために働いてみた。人と人の間に入って、事務も、翻訳も、サポートも。そうしたら、自分の制作ができないくらい忙しくなり、人に喜ばれたとは思うけれど、少し自分を見失ってしまったように思う。今日、リスボンのオリエンテ美術館で、「人生フルーツ」というドキュメンタリーフィルムを見た。信念を持って、コツコツと、耕すこと。こころ明るく、時間をかけて、作ること。流されずに在ること。観たあと、自分が見失ってたじぶんが戻ってきた感覚があった。この感覚を耕して、コツコツ育てよう。大事なものをものを見失わず、時間をかけて。人生フルーツは人生を救うドキュメンタリーかも。存在した人物たち、制作された人々にありがとう。

ポルトガルのひかり

ひかり、または、日当たり。ポルトガルは陽だまりに囲まれているように思う。陽だまりの国では、時間はポカポカとゆっくり流れ、わたしたち哺乳類をノンビリさせる作用がある。この国の人は、あたまの中がビッチリギッチリとしておらず、空っぽな場所がある。その空っぽの空間は陽だまりだ。これがポルトガル人のあたたかさを生み出すスポットではないかしらと思う。この国は、メルヘンのにおいがする。 View fullsize

リスボンの街並みー環境

リスボンを住処に選んだ理由は、自分がファンタジーとか、メルヘンを生んで育てる環境に適していると思ったから。12年前は、パフォーマンスや影絵をするとは考えていなかったけど、自分のアートにはいつもそういう要素が大事だった。この環境で育った自分が将来何をつくるのか、見ていきたいと思って、人体実験的にポルトガルへ移住してみたのだった。 View fullsize

ハッと気付いたら12年。

気付いたら、真っしぐらに制作&生活のポルトガル人生12年。うーん、、、なにか足りない感じ?と、最近知り合ったリスボンの日本人の友人にアドバイスうかがったら、ブログとかどう?と勧められました。日本で美大出て、ポルトガルにたどり着き、言語勉強、アートスクール、エトセトラを経て、ハッと気付いたら、なぜかココで影絵をやっている自分。無鉄砲な感覚や直感で生きて、それなりのアートを実現してきたけど、なんかその実体が自分でもわからない。このブログを書いてって、その「なぜか」に言葉を添えられたらいいな、と思っています。
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